2007-5-31

バネ指

25日のミーティングに参加していただいた皆様、お疲れさまでした。
次回から、ミーティングレポートを掲載していく予定です。
よろしくお願いいたします。

それとは無関係に…。

皆さんは、通称バネ指と呼ばれる病名をご存知でしょうか?

昨年の暮れから、左手の人差し指に少し違和感が出始め、今年に入ってからは、それが軽い痛みに変わってきていました。
痛みは、朝、起きた時が強く、動き始めるとほとんど感じない程度になります。

間接の痛みをネットで調べてみると、リウマチ…という病名が出てきたのでですが、 いやいやまさか…まだまだ自分は若いし、と思いきや、この病気の発症のピーク年齢は30〜40才らしい…。

念のため、2ヶ月ほど前に行きつけの内科で診察を受けた。

リウマチに対する血液検査もしていただいたが、医者の問診、触診からリウマチではなく、腱鞘炎と結果が出た。(後日出た血液検査の結果も陰性だった。)

「えっ腱鞘炎…」
自分にとっては聞き慣れない言葉ですし、その理由がまったくない思いつかない。

医者からの、「仕事で指を使う事はないですか?」との質問に、

「いえ、写真を撮る仕事をしているので、右手はよく使いますが、左手はあまり使いません。」

と答えながら、心の中で、たとえ痛みが右手だとしても、シャッターボタンを押し過ぎて腱鞘炎にはならないし、そんなに撮影していたら儲かって仕方がない、と考えていると…

不意に「パソコンは?」と医者が聞いてきた。

普段の仕事を振り返りながら「撮影中も使用しているので、長い日は…あれれ…1日8〜10時間くらいですか…」と答えながら、自分でも驚くほど長時間キーボードに触れていた事に気が付いた。

医者は少し笑いながら、「(腱鞘炎に)間違いないですね。」 と言いながらカルテに何やら書いていた。

結局この日は、塗り薬を使用して様子を見るように言われた。

そして、つい先日、痛みが強くなったため、今度は近くの外科に行ってみた。

医者に今までの経過を伝え、その後、軽い触診。
そして疑いもない表情で「バネ指ですね。…手術ですぐに良くなります」

「えっ!!手術??」

外科はすぐに切りたがる、という懐かしい言葉が浮かんだ。
手術と言っても、30分程度で終わり、病院への往復も一人で可能な程度らしい。

最初に行った、内科の腱鞘炎という診断結果を聞いてから後、そんなに右人差し指を使っているだろうかと、注意してキーボードに触れていると、思い当たるふしが出てきた。
※腱鞘炎が悪化してバネ指になる事があるらしい。

どうやら写真を選ぶ作業がかなりあやしい。

撮影中や、撮影後に必要でない画像を選び消去したり、必要な画像を移動させたり…。

そこで[この画像とこの画像]の作業や、また[ここからここまで]を指定する際、左手でシフトキーやコマンドキーを押しながら選択する作業がかなり多い事に気付いた。
※ソフトは色々あるが、このキーの使い方はおおかた共通している。

このセレクト作業、仮に、その作業に20分かかれば、その間、左手の人差し指は、コマンドキーを押しっぱなしになる事がある。
この指が少し緩み、キーから離れてしまうと、それまでに選んだ画像がわからなくなり、最初からセレクトをやり直す必要があるため、自然と指に力が入る。
僕の場合、その担当は、左手の人差し指だ。

調べてみると、手術以外に直す方法もありそうなので、現在はなるべくその指の安静と血流が良くなるように気を付けています。

皆さんも、常に同じ指を使う習慣がある場合は、要注意です。

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2007-5-23

友人からの近況報告

以前から時々ここでお伝えしている、プロのミュージシャンになってしまった友人達の話や写真。

その中の一人、ドラムの鎌田清から、つい最近メールが届きました。
日本のトップドラム奏者になってしまった、この鎌田清の事は、過去にも何度かこのホームページでも紹介させていただきました。
過去へのリンク[お帰りはブラウザーの戻るボタンでお願いします。]

メールの内容は、

去年の暮れから、桑田佳祐さんのソロレコーディングに参加させて貰っ ていて、今月そのシングルが発売され、入っている全3曲ドラム を叩いているので機会があれば聞いて下さい。との事。
また↓の桑田さんのインタビュー記事の3ページ目に、鎌田の名前までが…。
http://magazine.music.yahoo.co.jp/pow/20070510_001/interview_001

凄いですよね。友人が頑張っています。
昨年の夏、ライブを見に東京まで家族で行き、食事を一緒にしましたが、気取る事もなく、学生時代のままで、中味はフツーの楽しいおじさんです。

今は、平原綾香さんのツアーの真っ最中らしいです。

こういう友人がたくさん居るので、頑張れます。

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2007-5-22

紹介! モデル 丹羽 一 Part-3

前回の更新では、SGCさんのご協力をいただきました。

やはり、コピーの力は凄いですね。
また機会があれば別のテーマでコラボレーションをお願いできればと思っております。
ありがとうございました。

さて、丹羽さんの最後の更新、最近の丹羽さんの画像です。


2005年8月[CZM in 小豆島]
男の一人旅をイメージして。

2年前の画像ですが、このキャリアになると2年前もつい最近に感じます。

ここに座ってください    ー 何故ここに座る必要性があるのか
これを右手に持ってください ー 何故持つのか、何故右手なのか
笑顔でお願いします     ー なぜ笑顔なのか

丹羽さんと仕事をしていると、例えば、左の様なポーズの指示に対して、心の中で常に右側のような確認をしている事がわかります。
これは、当たり前の事なのですが、キチッと確認をしながら仕事ができるモデルさんは案外少ないものです。

この右側の確認によって、
座り方がわかる(座るにも色々座り方がある)。
持ち方がわかる(同上)。
どんな笑顔かがわかる(同上)。
結果的に、的確なポーズと幅広い動きのバリエーションにつながります。


2005年8月[CZM in 小豆島]
医者、大学教授のイメージで。
小豆島で、ホテルのご協力をいただき撮影できました。


2006年11月[CZM No.50]
2007年アルバム資料用
コスチュームコーディネイトは、すべて本人が…。

最後に、丹羽さんの過去〜現在の経歴です。

●スチール
大丸、高島屋、松坂屋、三越、阪急、阪神、そごう、近鉄、 紳士服・ゴトウ
三井ホーム、三井不動産、住友不動産、野村不動産、三菱地所、積水ハウス、大和ハウス
JR西日本、JR東海、近鉄電車、南海電車、PACIFIC VENUS(客船)日立、松下、シャープ、三洋、ミズノ、ダンロップ、ヤマハ、コクヨ、スタッフ・サービス、シャディ、イオン、イズミ、マイカル、オークワ、大阪ガス・関西電力、日本経済新聞
京都銀行・百十四銀行・愛媛銀行、近鉄バファローズ(現オリックスバファローズ)、島津製作所松竹梅、大関、宝塚ホテル(ブライダル)、ホテルヒルトン

●CM
南海電鉄、鹿島建設、中国電力、NTT、NTTドコモ、vodahon(現ソフトバンク)、コスモ証券、VISAカード、ユナイテッドエアライン、ケンウッド、メガネのミキ、東レ

●ファッションショー
大阪コレクション、VAN、ミズノ(スキー、ゴルフ)、式服(大橋)、ダンヒル,カネボウ

丹羽 一に関する問い合わせ先
フィガロ

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2007-5-20

紹介! モデル 丹羽 一 Part-2

●題 :抽斗(ひきだし)
●文 : SGCの主人
●写真:Kent Hopper

大きい抽斗と、深—い抽斗、どちらの抽斗が優れているか?
答えはどちらでも不正解。
抽斗は「多い」方が便利に決まっている。

大きい抽斗はモノを入れていくうちに重くなって開けづらい。
深い抽斗は、長いものを収納するのには便利かもしれないないが、奥の方にあるものを取り出すのに苦労する。

私はそもそも不純な人間で、例えば何かの技を究極に磨き、遂にその世界では並ぶ者もいないという達人と会ったとしても、もし彼がその技以外には何一つできない人間だったとしたら、「そりゃあそうでしょうよ。それしかできないんだから、それは上手でしょうよ。」と思ってしまう性格だ。
その達人の抽斗は深いかもしれないが、それしか入っていないのだ。

ところが、浄瑠璃の人間国宝で、実はカラオケでB‘Zの歌を完璧に歌いこなした上、日曜大工で自宅を建ててしまって、皿回しも上手く、ボイラー1級免許を持っているなんて人に会ってしまったら、それは後ずさりながら最敬礼してしまう。
要は抽斗が多いのだ。

[全ての画像はクリックで大きくなります]

2003年10月撮影 [CZM No.17]

丹羽さんと初めてご一緒したのは、スーツを商材としたスチルの撮影だった。当然キャリアも十分お持ちの方なので、スーツ着用のポーズをそれぞれ完璧に演じ、クライアントとしては大満足の仕事だった。


2004年8月撮影 某ファッションリーフレットより

その後、CLUBZEROなどでお付き合いが継続することになるのだが、その中で普段着の丹羽さんの写真や、ヒゲを剃っていない写真なども見ることができた。
そうしている内に、「キャリア十分でスマートな物腰のジェントルマンたる丹羽氏は、スーツの撮影に最適の人物だ」と、勝手にこっちが氏を規定してしまっていることに気付いた。


2006年11月撮影[CZM No.50]

それは間違いではないのだが、氏の抽斗はそれだけではなかったのである。
「言ってください。何でもやれまっせ。」
そう、少なくとも私が絡んだ仕事において、丹羽氏が「(イメージ的に)丹羽氏らしい」仕事しかやらなかったのは、こちらの想定の限界がそうであっただけのことで、氏は「こんなことしかやりません。できません。」なんて、一言も言っていなかったのだ。

実は氏には抽斗が多いということに気付いてからというもの、撮影で一緒になるたびに「炎天下のパパを演じてください」
「破産した男の、バーでの光景を撮らせてください」
「ギターを持って弾けてください」
などなど、数々の(従来のイメージを壊して、仕事に差し支える心配をするほどの)難題をお願いするのだが、それらの悉くに氏の抽斗は見事に対応していくことになる。
※ご本人からするとかなり「挑戦」したモノもあったとか…。


2003年5月撮影[CZM No.14]及び2003年8月撮影 他 某ファッションリーフレットより

もし私が映画を撮るなら、丹羽氏主演で マイケルダグラスの「フォーリングダウン」のうようなモノを撮りたい気がする。

決して、「色んな役割を演じることができるから抽斗が多い」というだけの意味ではない。

例えば、ある(スーツ着用の)ポーズに関して一言、二言の要望を出してみると、最初の数ショットはその通りのポーズを取ってくれるのだが、それをこなした後の氏は、全く違うポーズでこちらの意図したモノ以上のショットにしてしまうことがある。
深さも兼ね備えた抽斗でもあるのだ。

スーツを着た氏を前にして、
「さて、じゃあカッコいいショットをいきましょうか。」
なんて、安易でこの上なく漠然とした要望を出したとする。
よく整理された抽斗を次々に開けながら、丹羽氏は「自分にとって」「誰かにとって」「一般的に」「女性から見て」「クライアントから見て」『カッコいい』姿を、独自の表現で次々と提案する。
そして「どれを使うかはアンタ達のセンス。」とばかりに、カメラの前から黙って退く。


某ファッションリーフレットより

それは若輩モノの我々に対する氏の挑戦以外の何物でもない
受けて立とうではないか、それが撮影の現場なのだ。

このオジサンの抽斗のパワーアップはまだ限界が見えない。
これでボイラー免許を取って皿を回されたら、我々としたら一目散に逃げるしかないのだ。

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2007-5-19

紹介! モデル 丹羽 一 Part-1

CZMに参加経験のあるスペシャリストを少しでもここで紹介できれば思い、このカテゴリーを設けました。
できるだけ多くのスペシャリストを紹介できればと思っています。

トップはベテランの男性モデル、丹羽さんです。
一度の更新では、紹介しきれないので数回に分けて更新予定です。
また丹羽さんの紹介は、モデルを目指す人達には参考になる内容も多いので、Work Shopのカテゴリーへも含めました。

さて、
最初に私が丹羽さんと出会ったのは、今から25年以上も前になり、この業界では、年齢もキャリアでも私の先輩にあたります。

当時、私の師匠と丹羽さんは公私ともに交流が深く、この二人に何度も朝方まで大阪市内の飲屋街を連れ回された経験があります。

そんな経験から、現在、カメラマン助手ではなく、カメラマンとモデルという関係でお互いが健康で(笑)、現在でも交流が持てるという事は幸せな事だと感じます。

たまに撮影でお会いできた時には、「もっと動いて動いて!アカンなあ、何年モデルやってんねん!」という冗談に、「すんまへんなあ…もうこれしかできまへんねん…」と返してくれます。

さて、そんな丹羽さん、CZMの第2回目に参加していただきました。
[全ての画像は、クリックすると大きくなります]


2001年10月撮影[CZM No.02]

上は、役者風に撮影。
下は、建築家風、ファッションデザイナー風などの職業キャラを意識しての撮影。

過去の一時期、モデルさん達のアルバム資料写真を年間に数十人撮影していた時期がありました。
その間、モデルさんから色々な悩みを聞きましたが、(一番多かったのが当然、事務所の移籍に関する事だった)「自分の性格はモデルに向いていないような気がする…」という悩みを一部の優秀なモデルさんから聞いた事があります。

そんな事から言えば、この丹羽さんの性格は、決してモデル向きとは言えないでしょう。

しかし、この対象となるモデルというのは、失礼ですが、二流三流も含めた何千人何万人といる一般的なモデルの意味であり、そういう事から考えると、数少ない一流モデルというのは、少し浮いた存在であるがゆえに、一流の素質を持つモデルさんの方が、そういう悩みは多かったはずだ …(笑)…ちょっと説明が難しい。


同、CZM No.02より

要は、モデルという職業を正面から真面目にやればやるほど、一般的なモデルのキャラクターから外れやすく、自分の性格はモデルに向いていないのでは…と感じてしまう。
一口で言えば、ちょっとフツーじゃないと言うことでしょうか。

たぶん一流と言われる多くのモデル(役者、タレント、etc)は、過去にそういう悩みを経験しているのでは…と思います。
この職業が好きなのに、どうも自分だけ浮いている感じがする…、同じ業界の中に友人を作れない、そんな時は、まず自分を信じ周囲を疑ってみる事です。

他とは違うから個性があるのです。
しかし、我々の仕事は一人では成立しない事も事実です。
周囲のスタッフは広い意味で寛大に見守り、気も使いましょう。

勘違いしてはだめです。
モデルという仕事も、他の仕事と同様かそれ以上に努力、研究、練習、etc、が常に必要なのです。

これらは全て丹羽さんから学んだ事です…(^_-)。


2003年9月撮影 [CZN No.16より]
私の好きな1カットです。

丹羽さんは、ミーティーングで一時、ある女性モデルから「アイロンマン」というニックネームを付けられました。
トライアスロンをやっているため、このニックネームは決して間違いではないですが、付けられた意味のアイロンは、普通のアイロンの事であり、それは、撮影時に自分の衣装によくアイロンをかけている姿を見かけるからです。
そして歯磨き魔。撮影での昼食後は必ず歯磨き。

常に新人モデルの心構え…丹羽さんに言える事です。

さて、
次回の更新は、ディレクターYahn氏による丹羽さんへのコメントを中心に更新を予定しております。

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