●題 :抽斗(ひきだし)
●文 : SGCの主人
●写真:Kent Hopper

大きい抽斗と、深—い抽斗、どちらの抽斗が優れているか?
答えはどちらでも不正解。
抽斗は「多い」方が便利に決まっている。

大きい抽斗はモノを入れていくうちに重くなって開けづらい。
深い抽斗は、長いものを収納するのには便利かもしれないないが、奥の方にあるものを取り出すのに苦労する。

私はそもそも不純な人間で、例えば何かの技を究極に磨き、遂にその世界では並ぶ者もいないという達人と会ったとしても、もし彼がその技以外には何一つできない人間だったとしたら、「そりゃあそうでしょうよ。それしかできないんだから、それは上手でしょうよ。」と思ってしまう性格だ。
その達人の抽斗は深いかもしれないが、それしか入っていないのだ。

ところが、浄瑠璃の人間国宝で、実はカラオケでB‘Zの歌を完璧に歌いこなした上、日曜大工で自宅を建ててしまって、皿回しも上手く、ボイラー1級免許を持っているなんて人に会ってしまったら、それは後ずさりながら最敬礼してしまう。
要は抽斗が多いのだ。

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2003年10月撮影 [CZM No.17]

丹羽さんと初めてご一緒したのは、スーツを商材としたスチルの撮影だった。当然キャリアも十分お持ちの方なので、スーツ着用のポーズをそれぞれ完璧に演じ、クライアントとしては大満足の仕事だった。


2004年8月撮影 某ファッションリーフレットより

その後、CLUBZEROなどでお付き合いが継続することになるのだが、その中で普段着の丹羽さんの写真や、ヒゲを剃っていない写真なども見ることができた。
そうしている内に、「キャリア十分でスマートな物腰のジェントルマンたる丹羽氏は、スーツの撮影に最適の人物だ」と、勝手にこっちが氏を規定してしまっていることに気付いた。


2006年11月撮影[CZM No.50]

それは間違いではないのだが、氏の抽斗はそれだけではなかったのである。
「言ってください。何でもやれまっせ。」
そう、少なくとも私が絡んだ仕事において、丹羽氏が「(イメージ的に)丹羽氏らしい」仕事しかやらなかったのは、こちらの想定の限界がそうであっただけのことで、氏は「こんなことしかやりません。できません。」なんて、一言も言っていなかったのだ。

実は氏には抽斗が多いということに気付いてからというもの、撮影で一緒になるたびに「炎天下のパパを演じてください」
「破産した男の、バーでの光景を撮らせてください」
「ギターを持って弾けてください」
などなど、数々の(従来のイメージを壊して、仕事に差し支える心配をするほどの)難題をお願いするのだが、それらの悉くに氏の抽斗は見事に対応していくことになる。
※ご本人からするとかなり「挑戦」したモノもあったとか…。


2003年5月撮影[CZM No.14]及び2003年8月撮影 他 某ファッションリーフレットより

もし私が映画を撮るなら、丹羽氏主演で マイケルダグラスの「フォーリングダウン」のうようなモノを撮りたい気がする。

決して、「色んな役割を演じることができるから抽斗が多い」というだけの意味ではない。

例えば、ある(スーツ着用の)ポーズに関して一言、二言の要望を出してみると、最初の数ショットはその通りのポーズを取ってくれるのだが、それをこなした後の氏は、全く違うポーズでこちらの意図したモノ以上のショットにしてしまうことがある。
深さも兼ね備えた抽斗でもあるのだ。

スーツを着た氏を前にして、
「さて、じゃあカッコいいショットをいきましょうか。」
なんて、安易でこの上なく漠然とした要望を出したとする。
よく整理された抽斗を次々に開けながら、丹羽氏は「自分にとって」「誰かにとって」「一般的に」「女性から見て」「クライアントから見て」『カッコいい』姿を、独自の表現で次々と提案する。
そして「どれを使うかはアンタ達のセンス。」とばかりに、カメラの前から黙って退く。


某ファッションリーフレットより

それは若輩モノの我々に対する氏の挑戦以外の何物でもない
受けて立とうではないか、それが撮影の現場なのだ。

このオジサンの抽斗のパワーアップはまだ限界が見えない。
これでボイラー免許を取って皿を回されたら、我々としたら一目散に逃げるしかないのだ。